左右の二極化は起こっていないかもしれないけれど、穏健な人と極端な人の二極化は起こっているのではないかという話

 インターネットやSNSの利用が政治的志向の二極化を促進するかということは、これまで多くの研究が蓄積されています。理論的には、インターネットにおける情報の選択的接触により、政治的志向が二極化するという議論から始まりました(Sunstein 2001)。しかし多くの実証研究は、これを支持していません。インターネットやSNSの利用により、政治的態度はむしろ穏健化することを明らかにしています(例えば、Barberá 2015: Lee et al. 2014)。日本でも『ネットは社会を分断しない』(田中・浜屋 2019)という本が出版され、実証がなされています。

 しかしここで三つ考えたいことがあります。第一に、関連研究はいずれも、「インターネットやSNSではむしろ自分と異なる意見に触れる機会が多い」人が多数派である(つまり選択的接触は限定的)ということを、穏健化に至るまでの媒介的な説明項としていることです。第二に、関連研究はいずれも大規模サーベイ調査によりなされている、従って、集団の大きな傾向を見ているということです。そして第三に、政治的態度を左右で測った場合、正規分布になるということです。つまり、穏健か極端かでいうと、穏健な人がマジョリティになるということです。この三つを考え合わせると、

 

マジョリティである穏健な人は、インターネットやSNSで選択的接触を行っておらず、それ故に、インターネットやSNSを利用しても分極化しない

 

 というテーゼが想起されます。しかし一方で、選択的接触を行っている人は確実にいます。関連研究も、異質的な接触を行うのが「マジョリティ」だと言っているだけで、選択的接触を行う「マイノリティ」の存在は認めています。自分の意見と一致する情報を求める傾向は「確証バイアス」と呼ばれており、実験的な研究によって実証されています。そして「確証バイアス」は、政治的志向が強くなるほど強くなることも実証されています(Taber & Lodge 2006)。こうした知見から導かれることは、選択的接触を行っている人たちは、マイノリティであり、かつ政治的志向の強い人たちであるということが推測されます。以上から私の言いたいことを端的に表すと、次のようになります。

 

政治的志向の強いマイノリティは、インターネットやSNSで選択的接触を行っており、それ故に、インターネットやSNSの利用によりさらに分極化しているのではないか

 

 そして、これまでの検討を合わせて考えると、次のようになります。

 

インターネットやSNSの利用により、穏健な人はますます穏健になり、極端な人はますます極端になる

 

 つまり、穏健な人と極端な人の二極化は起こっているのではないかという話になるわけです。ただ、これを実証するのはしんどい作業です。第一に、政治的に極端な人と穏健な人で集団を分けなければなりません。これはなんとかなりそうです。しかし第二に、時系列データが必要になります。これで一気にハードルが上がります。

 「二極化は進んでいない」と言われてもあまり実感に合わないなあと思っている方も多いと思います。その違和感の正体は、「穏健な人と極端な人の二極化」だったのかもしれません。

 

※「政治的に極端な人と穏健な人で分けて考える」という発想は、色々なことに応用が利きそうです。政治的な極端度は、(批判はあれど)「折り返し法」という簡便な変数化方法が確立されていますし、その上で一定の値で集団を区切れば二集団の出来上がりです。この二集団で別々に式を作れば、新たな知見にもつながるかもしれません。